無視をすることに対して「シカト」という表現が常用となってから久しいですね。
無視やシカトというのは中高生がいじめとして行うイメージがありあまり印象は良くないですが、この「シカト」という言葉一体何が由来になってどのような意味を持っているのでしょうか?
考えてみれば「シカト」という言葉に対してどのような漢字を使えばいいのかということを私たちはあまりよく知らないですよね。
こちらでは「シカト」の意味や由来・語源についてお伝えしていきたいと思います。
「シカト」の由来や本当の意味とは
私たちが「しかと」という音を聞いて思い浮かべるのは
「しかと承りました。」
といった具合に副詞として用いられるものもありますね。
この場合の「しかと」は冒頭で申し上げた無視、という意味の「シカト」とは別で、漢字で書くと「確かと」という風になり、「たしかと」と言う言葉が省略されて「しかと」へと変わっていったものと思われます。
では、無視という意味で言うほうの「シカト」はどうなのかというと、何が由来になっているのかという説明がまず必要になります。
結論を先に申し上げておきますと、「シカト」の由来は花札における10月の最高点札「鹿に紅葉」から来ています。鹿と10月、鹿と十で「鹿の十(しかのとお)」、「鹿十」という具合になるわけです。
花札における「鹿に紅葉」の札の柄というのは、鹿が正面を見ず後ろの紅葉を見てそっぽを向いた絵になっています。このことから無視のことを「鹿の十」、シカトと言うようになったのです。
ちなみに動物がそっぽを向くという柄は、鹿の他にも一月の最高札である「松に鶴」もあります。
もしこちらが使われていたら「シカト」ではなく「ツルイチ」になっていたわけですが、「松」も「鶴」も日本では縁起の良いものとされてきたため、隠語としてはどこか仰々しいというところもあったのでしょうか、「シカト」のほうが広まっていきました。
花札のイメージからもわかるように最初は単に賭博師やヤクザの間で使われる隠語にすぎませんでした。
どうしても花札というと賭博、ヤクザという乱暴なイメージが付きまといますが、それはあながち間違いではなく実際に花札を用いた賭博場というのはその筋の人が取り仕切るものでした。
「シカト」以外にも花札から生まれた言葉というのがいくつかあります。それこそ「ヤクザ」なんかは正にその代表で、これは花札のオイチョカブにおける最弱の手札から来ています。
オイチョカブというゲームは、3枚の札の数字を合計してその「一の位」の大小によって勝ち負けを決めるゲームで、「9」が最高(カブ)で「0」が最弱になります。
ヤクザ、つまり893というのはそれぞれ絵柄で見るとススキ(8月)、菊(9月)、桜(4月)と見た目は非常に派手なのですが合計すると20となり、手札としては最弱になります。
このことから、見た目ばかり派手で何の役にも立たないことを「ヤクザ」と言うようになり、やがて賭場を仕切る刺青をして見た目ばかり派手だが人の道から外れた連中のことをも指すようになっていったのです。
先ほどの「鶴と松」のほうが広まらなかった理由というのも、賭博師やヤクザというのはいわば人の道理から外れた存在であることが関係しているのでしょう。鶴と松という美しいものの王道を行くのではなく、少し外れた「鹿と紅葉」の方を好んだとすれば納得です。
それはともかくとして、そういった賭博師たちの言葉というのがやがて不良少年たちの間で使われるようになり、一般人にも広まって現在に至るというわけです。
まあ、不良少年たちがヤクザや賭博師たちの言葉に憧れて使いだしたというのはわからなくもないのですが、実はこの不良少年たちに直接伝わったのではなく、どうやら「警察」の存在をワンクッション置いて伝わっていったようなのです。
実際に1956年に出版された「警察隠語類集」という、警視庁から正式に出版された書籍において「シカト」はそっぽを向く、無視する意味の言葉として紹介されています。
警察は職業柄ヤクザと接する機会が多いから、ヤクザの隠語にも精通しているとすれば一応の筋は通りますが、警察官がヤクザに捜査情報を漏洩したというニュースなどもあるように、警察とヤクザとの間に組織的な癒着があるとすれば、警察がヤクザの隠語を使うこともそれほど不自然ではないというわけですね。