よく、夜景の綺麗な町に対して「100万ドルの夜景」という言葉が使われます。
昔は「この100万ドルの夜景を君にあげるよ」なんて、口説き文句?があったようです。本当に言っていたのかどうかは分かりませんが。
でも「100万ドルの夜景」って、文脈で聞くとどこかロマンチックな印象がありますがよ~く考えると結構俗っぽくないですか?だって、具体的な金額を提示して言うなんて生々しいではないですか。「夜景」というキーワードで誤魔化されていますが、これが例えば
「100万ドルの指輪を君にあげるよ」
なんて言ってプレゼントしてきたら具体的な金額を言っていやらしい奴だな~と思いませんか。もっと端的に言えば
「100万ドルを君にあげるよ」
なんて言われたらロマンチックさはほとんどないでしょう。現ナマを貢いでくれるということで貰いたいは貰いたいですけどね。
おそらく、この生々しさは単に昔のキザ男が言い出したのではなく、何か商業的なキャッチコピーか何か由来になっているのではないでしょうか?
ということで「100万ドルの夜景」の意味や由来などについてお伝えしていきたいと思います。
100万ドルの夜景の由来や意味
「100万ドル」というフレーズから、アメリカ発祥の言葉かと思われますね。実際にはその通りで、英語の「million dollar view」という言葉を参考にしたようです。
もともと英語圏においては素晴らしいものや立派なものに対して「100万ドルの~」という冠言葉をつける習慣があるようですね。
日本人の間では、1953年に関西電力の副社長が神戸の六甲山から見下ろす夜景の綺麗さに感動して、それを広報のコラムとして「百万弗の夜景」というタイトルで書いたそうです。当時の六甲山から見下ろす町並みに灯された電気の1カ月の電気代が約4億2900万円。当時の為替に換算すると119万ドルであったことに由来するのだとか。
当時の円ドル為替は360円固定で、現在のように日ごとに相場が変わる変動相場制に移行したのは1973年のニクソン・ショック以来のことですからね。
360億円ではキャッチコピーとしては中途半端だったでしょうし、固定相場であることから換算しやすかったというのも理由でしょう。
現在では円ドル為替の相場も当時よりだいぶ円安が進んだこと、単純な電気料金の値上げ、さらには電灯そものの数の増加などにより、神戸の100万ドルの夜景は「1000万ドルの夜景」へとキーワードを変遷させているようです。
やはり、ロマンチックとはかけ離れた言葉であるという違和感は正しかったということになりますね。