12月25日といえば言わずと知れた「クリスマス」の日ですね。
「長い物には巻かれよ」「空気を読む」という言葉があるように、周囲に合わせて同調し、大多数に入ることを良しとする日本人はとにかく「クリスマスに一人でいること」を避けようとします。
特に日本では、レストランやホテルが予約で数か月前から埋まったりするなど「恋人たちの記念日」という風潮が強いため、そういったヒエラルキーに敏感な人たち、特に女性にそういう人が多いですね。
「クリスマスなのに一人」でいることに無駄に落ち込んだり、あるいは逆に「クリスマスに予定のある自分はリア充である」と、自尊心を満たしたりと一喜一憂しているわけですね。そしてそれは、前日の12月24日・クリスマスイブから二日間も続くわけです。
こうなるともはやクリスマスとは、日本では「いかに自分が周囲に好かれている人間か」が試されるだけの日ということで、一体何の意味があってクリスマスというものが存在するかわかりませんね。
クリスマス関連の商品を売る企業にとってはありがたく、周囲の目を気にする一般人にはある意味迷惑なのが日本におけるクリスマスの実態というわけですが、そもそもどんな由来や意味があってこのクリスマスという日は存在しているのでしょうか?
その意味や由来・起源を知っておけば「クリスマスなのに一人でいる・・・」などと落ち込まずに、「別に一人でいてもいいや」と思える心の支えになるかもしれませんよ。
ということでこちらでは、クリスマスの本当の意味や由来・起源、あるいはクリスマスイブと当日の違いなどをお伝えしたいと思います。
クリスマスの意味・由来・語源・起源
クリスマスといえば「キリストの誕生日」。杓子定規にそう覚えている人が大多数でしょう。
そもそものクリスマスという言葉自体英語で書くと「Christmas」=Christ(キリスト)+ mas(礼拝、ミサ)という語源があるので、キリストが関係しているのは間違いないです。
しかし、イエスの行状について記した書物「新約聖書」にすら、イエスの誕生日については明確な記述がありません。
こちらではイエス・キリストの詳細について述べることはしませんが、「イエス自体がそもそも存在しなかった」としている学者もいるようですね。
今から二千年以上の前のことについて詳しい文献などの証拠が残っているはずもなく、新約聖書にすら記述がないとなれば、イエスが実在していたかどうかはともかく12月25日がイエスの誕生日であるという明確な証拠は存在しません。
そのため、これは後付けでそう意味づけられたという見方が正しいようです。
そもそも、西洋、特に古代ローマにおいてはキリスト教が生まれる前から冬至の日に「太陽神の誕生祭」やが行われておりました。
冬至といえば一年の中で最も日が短くなる日ですが、それは同時に「それを境に日が長くなる日」ということでもあります。つまり、太陽が徐々に蘇るという風に考えることが出来ますね。太陽が復活する日です。
この太陽神を崇める教徒たちの勢力は凄まじいものがありました。そのため、キリスト教を布教するためには異教徒を強引に排斥しては対立や軋轢を生むことが免れなかったため、これをキリスト教の一部として取り込み、異教徒に受け入れやすいものへと変化したものが、「12月25日はキリストの誕生日」というものだったのです。
これは、イエス・キリストが「正義の太陽」や「世の光」と言われていたことや、太陽を神と崇める宗教の中では、「冬至を境に春が来て、新年になる」というものが「イエス・キリストの降臨により古い世界に終わりがもたらされ新しい世界が訪れる」というキリスト教の信仰と合わさりやすかった、という理由もあるようですね。
日本でのクリスマスの起源とは?
日本にクリスマスが入ってきたのはキリスト教の歴史から言えば比較的最近のことで、1550年代のことです。
この時期といえば、種子島に鉄砲や西洋のお菓子カステラなどが初めて日本に入ってきた時期ですが、それと同時に「キリスト教」も初めてもたらされました。かの有名な宣教師・フランシスコ・ザビエルはキリスト教カトリックの宣教師として日本に上陸したわけですからね。
1552年に山口県にてキリスト教の布教活動を行っていたコスメ・デ・トルレスが日本人のキリスト教信者を招いて降誕祭を行ったのが日本初のクリスマスということになります。
ただその時は、単にお祈りをするだけという質素な行事でした。
そして当時の日本ではクリスマス、ではなく「ナタラ」という風に呼んでいたようです。
これが1560年頃には京都にキリシタン100余名が集まるほどの大きな行事へと発展していったのですが1617年に江戸幕府がキリスト教禁止令を発布したために、いったんクリスマスは日本から姿を消すことになります。
日本においてクリスマスが復活するのは明治時代になり、キリシタン放還令によってクリスマスが解禁となってからです。
しかしまだ一般的に知られるような行事ではなく、明治8年に勝海舟が知人のアメリカ人家族とクリスマスパーティーを行ったという記録が残っているくらいです。
この話からも分かるように、クリスマスというのはキリスト教本場の国では「家族と過ごす」という意味合いが強いのです。日本でいうとお正月のような感覚でしょうね。今のような「恋人と過ごす」行事へと変わるのはもっとずっと後のことです。
明治37年に銀座に進出した「明治屋」が店頭に当時珍しかったクリスマスツリーを飾ったり、明治43年に「不二家」によってクリスマスデコレーションケーキの原型が発売されたり、大正8年に帝国ホテルでクリスマス晩餐会が開かれたり、大正10年にサンタクロースが日本映画に登場するなど、クリスマスは徐々に国民へと知られていくことになります。
第二次世界大戦の混乱を経てクリスマス商戦が活気を取り戻し、1950年代には日本国民にクリスマスは完全に定着したといわれております。
このことからもわかるように、やはり「商業戦略」としてクリスマスを利用し始めた企業によって徐々に浸透していった、というのが日本のクリスマスの位置づけでしょうね。
これがバブル期に入る少し前の1983年に一変します。同年、女性誌の「an-an」が「クリスマス特集!今年こそ彼のハートをつかまえる!」と題した特集が掲載され、「クリスマスは恋人とシティホテルで過ごす」というようなことが載せられたのです。
その後、各雑誌がこぞって「クリスマスは恋人と過ごすものだ!」と煽っていったために現在のような日本のクリスマスが生まれたのです。
一女性誌が現状のクリスマスは恋人と過ごすものだと書いたに過ぎないとと分かれば、別に一人でもいいやって気がしてきませんかね?
クリスマスイブとクリスマス当日の違いとは?
クリスマス・イブといえばクリスマス本番である12月25日の前日、12月24日のことだと思いますが、実は「イブ」というのは正確には前日という意味ではなく「前晩」のことを指します。
これはeveningという英語が晩を指すことからもわかるのですが、ではなぜ前日のことをクリスマスイブという風になったのかというと、キリスト教の下地になったユダヤ教・ユダヤ文化において一日を日没から数えることが由来になっています。
キリスト教はこの伝統を守って、前晩から翌日のクリスマスに備えるというわけで、本来の意味からすればどちらが正式なクリスマス、というわけでなく両方合わせてクリスマス、という捉え方が正しいでしょう。