東京五輪招致、さらにはリオ五輪での選手への配慮として「アスリートファースト」という言葉が頻繁に言われるようになった気がします。
そしてこのアスリートファーストという言葉は、2016年の流行語大賞にもノミネートされたようで、東京五輪に向けてますます、何かにつけて声高に叫ばれるであろうことが予想できます。
というかそもそもこのアスリートファーストとはいったい何なのか?その意味について少し考えていきたいと思います。
オリンピックにおける主役というのは言わずもがなですが練習に励んできた選手達です。
つまり「選手のことを第一に考えるべき」というのがアスリートファーストの本懐ですね。
リオ五輪においては、「アスリートファースト」を掲げておきながら開会式の入場では応援団長の橋本聖子議員、役員連中、次いでようやく選手たちという順番で入ってきたことで「どこがアスリートファーストなのか」と批判が集中しました。
これに対する橋本聖子議員の反論は「役員が先頭に立つというのは日本だけでなくほかの国にもいた」という、まるで先生に悪事をしているところを見つかった中学生が「あいつだってやってるじゃないか」と指摘すような苦しいものでしたが、あくまでもこのアスリートファーストは「全力を出し切れるような競技環境を整えること」という観点で考えるべきものなので、これはお門違いの批判のようにも思えます。
幸いリオオリンピックにおいては、「アスリートファースト」が功を奏したのか日本の獲得メダル数が過去最多の43個となる大成功をおさめたため、今後もこの言葉が声高に叫ばれていくことでしょう。
しかし懸念されるのは、「アスリートファースト」という言葉が先行して、見当違いな方向に舵を切るような事態が起きてしまうということです。
キャッチーなフレーズが先行すると、それを傘にしてむちゃくちゃなことがまかり通ってしまうのは、よくあることです。例えば2009年の衆議院選挙において民主党が政権を担うことになったのは、マスメディアが散々「政権交代」というフレーズを使い煽って、思考停止した民衆を動かしたのが原因でした。聞こえの良いフレーズが先行すると、「なんかよさそうだからやれやれ」という風に大衆が動くんですよね。
このアスリートファーストも、何かにつけて「選手第一じゃないじゃないか!」とお門違いな文句を言うための材料として使われていくのではないか、と個人的に思っています。事実、「開会式の入場で選手が一番前じゃないじゃないか!」なんて言われたのは前述のとおりですよね。
あるいは、アスリートファーストといういわば「錦の御旗」をかざして余計な箱物を建てるということも考えられますね。競技場の建て替え、JSCの新オフィス建築などはその一端でしょうか。
こういう聞こえの良い言葉こそ、実は裏で暗躍するための隠れ蓑に思えて他なりません。これは人間も同じですね。外面が良い人ほど、何か裏があるんじゃないかと疑いたくなりますよね。
本当の意味でのアスリートファーストというものを考えていきたいものです。