「うなだれる」という言葉があります。

 

なんとなく、うなぎのかば焼きのタレを連想させる美味しそうな言葉にも聞こえるのですが、普通は失望や恥ずかしさなどの負の感情に苛まれる様を意味します。

うなだれる

 

そしてそういった精神的な落ち込みに加えて、実際に頭を下げて力なく下を向いている、そこまでがワンセットで「うなだれる」という言葉になっていますね。

 

 

こちらでは、そんな「うなだれる」という言葉の語源や由来、詳しい意味などをお伝えしていきたいと思います。

 

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うなだれるの意味・由来とは

 

うなだれるという言葉を漢字で書くと「項垂れる」という風になります。

 

項というのは、実はうなじという風に読むこともできます。これは私自身も調べていくことで初めて知りました。自動変換というのは便利なもので「うなじ」と入力すればすぐさま「項」という漢字が出てきました。

 

もともと「うな」という言葉には首のことを示す意味があります。そこに「じ」を「尻」という意で付け足して首の後ろを意味する言葉として生まれたのが「うなじ」というわけです。

 

この「うな」を基本として、「うなじ」のほかにも頷く(うなづく)という言葉が生まれたりしていきました。そして、その一つが「うなだれる」という言葉です。

 

当初はうなだれる、ではなく「うなたる」という言葉でしたが「うなたれる」へと変化していきました。この濁音なしの清音での「うなたれる」は室町時代末期まで使われ、ここからさらに「うなだれる」という形になって現在に至ります。

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この本来の由来から考えると、「頭がうなだれる」とか「首がうなだれる」というような使い方を見ることがたまにありますが、「うな」にすでに「首」の意味があることから誤用であることが分かりますね。

 

そして、首が垂れていればその先についている頭も自然と垂れているので「頭がうなだれる」というのはこの意味からしてもおかしな言葉であることが分かります。

 

さらに、かなり前のことになるのですが日本テレビのニュースにおいて、とある事件の容疑者の様子を「肩を少しうなだれて」という表現を使ったことがあるようです。もはや意味不明ですね。

 

「うなだれる」の意味としては、首が垂れるという文字通りそのままで、失望、悲しさ、恥ずかしさなどから力なく首を前に垂らしてうつむくという、わかりやすく落胆している様を表していますね。実際にこんな風に落ち込んでいる人がいたらかまってちゃんだなあという風に思ってしまいますが。

 

とはいえ、似たような様子を意味する言葉に「首(こうべ)を垂れる」というものもあります。こうべというのは「頭」とも「首」とも書きます。

 

字面としては「首を垂れる」ということで全く同じ様子を示すのですが、うなだれるが落胆する様を表すのに対して「こうべを垂れる」のほうはへりくだったり、相手に経緯を示して謙虚なふるまいをする様子を意味します。

 

「実るほど頭が下がる稲穂かな」という言葉があるように、立派な人や成功者であるほど謙虚になっていくものです。

 

どちらにしても、外から見たら全く同じ様子を示しているのにその心の構え方というのは大きく異なりますね。要は、外見がどうということではなく、本人の気の持ちようが一番大きいのだ、ということなのだと思います。

 

落ち込んで心無くうなだれるのではなく、自ら積極的にこうべを垂れる生き方をしたいものですね。