「とんだ茶番だ」

 

「茶番」という言葉はこのように、馬鹿馬鹿しい芝居というような意味で使われます。

 

 

しかし、この「茶番」という言葉からはそのような意味は連想が出来ません。

 

 

どのような由来があってこの茶番という言葉が生まれたのか、それについてお伝えしていきたいと思います。

 

 

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茶番の意味・由来とは

 

「茶番」の由来は江戸時代の歌舞伎にあります。

 

とはいっても、歌舞伎自体が「茶番」なのではありません。

 

元々は「茶番」は、その漢字のとおり「お茶の番」つまりお茶を用意する仕事をする人という意味でした。もう少し広く言えば、お茶を配ったりお菓子を配ったりするのを地位の低い役者がやっていたのです。

 

楽屋でお茶の用意をしていた大部屋の下手な役者が茶菓子などの身近なものを使ってオチに使ったことからこういった見え透いた、オチのわかるくだらない寸劇のことを「茶番が行う稚拙な笑える芝居」ということで「茶番狂言」という風に呼んだのです。

 

おそらく、ただお菓子やお茶を配るだけでは面白みがないから芝居のオチに使うことで面白く配ろうとしたのでしょうね。

 

ただ、そんなただのつなぎのように思える茶番狂言は、座ったまま話術だけで終わらせる「口上茶番」という簡単なもののほかに、所作や台詞なども入れて本格的に演じる「立ち茶番」というものが生まれるほど流行したようです。

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ただやはり、最終的にお茶・お菓子を配るというところに持っていかなくてはいけないという制限がある以上オチが読めてしまうのでしょうね。

 

そんなところもあって、見え透いたオチの読めるくだらない寸劇のことを茶番と呼ぶようになったのでしょう。現代では「出来レース」のような意味でも使われるようになっております。

 

ところで、「茶番狂言」という言葉から不思議に思うのは、なぜ歌舞伎なのに「狂言」なのだろうということです。

 

そもそも私たちは歌舞伎・能・狂言といった日本の伝統芸能に関しての違いを明確に説明できません。

 

歌舞伎というのは独特の化粧をして演じるのでわかりやすいと思います。では「狂言」というのはいったい何なのか?

 

狂言と能は猿楽から発展したという同じルーツを持つ伝統芸能です。

 

能が能面をつけてシリアスなストーリーを演じるのに対して、狂言は能面はつけずにコミカルなストーリーを演じるという違いがあります。

 

つまり、狂言というのはこれといった明確な定義はなく、「なんかちょっと面白い寸劇」のことを狂言というのです。なので、下手な役者が演じるくだらない寸劇というのは「茶番狂言」という表現が正しいのです。

 

現代風に言えば「茶番狂言」よりは「茶番劇」のほうがわかりやすいでしょうね。

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