お正月を彩るおせち料理の一つに「田作り」というものがありますね。

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おせち料理というのは基本的によくわからない正体不明の食べ物が多いのですが、この田作りは魚なのでその中でも比較的正体が分かりやすく食べやすい部類にあると言えるでしょう。

 

また、おせち料理の代表とも言える数の子、黒豆と並んでこの田作りは「祝い肴三種」としておせち料理にはなくてはならない、基本中の基本の料理とされております。

 

しかし田作りの謎というのは、その姿形ではなく「田作り」という名前そのものにあります。その名前からして田んぼを耕すことと関係がありそうですが、なぜよりによって魚なのでしょうか?

 

 

ということで、こちらではおせち料理「田作り」の意味や由来についてお伝えしていきたいと思います。

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田作りの名前の由来とは

まず、田作りというものは何の魚から作られているのかというとカタクチイワシの幼魚からできています。

 

イワシというと、その稚魚は「シラス」として食されておりますが、あれは幼魚よりももっと小さい稚魚の段階のもので、まだ体に色素すらない状態のものを指しております。田作りを作るカタクチイワシはシラスよりも少し成長したものですね。

 

カタクチイワシの幼魚を干して乾物にし、それを炒って醤油・砂糖・みりんを煮詰めた甘辛い汁を絡めるという調理法で作られます。

 

 

なぜ魚なのに「田作り」という名前になったのか?その由来の謎は、かつてカタクチイワシを田植えの肥料として用いられていたことに起因しております。

 

かつてイワシは田植えの肥料の中では最も高価で、この肥料を使うとその田んぼは豊作になることが多かったそうです。

 

魚なんて肥料になるのか?という疑問が率直にわいてきますが、これは元々漁村で取れる大量の漁獲物を用いて自給肥料として使用されており、やがて商品作物栽培が拡大すると全国的に用いられるようになりました。

 

その背景には肥料としての効力の強さだけでなく、乾燥させて用いることから生魚のように腐敗の心配がなく運送がしやすいという点もありました。

 

肥料として思い浮かぶ人糞尿、馬糞、牛糞なども保存が難しそうですしね。放っておくとさらなる悪臭を放ちそうですし。

 

ガーデニングなんかでは魚粉・魚粕として現在でも使用されているようですが、やはり畑のように広い面積のところで使うには少々お値段が張る高級肥料という位置づけのようです。家庭菜園としてちょっといいものを作りたいなんて時にはいいみたいですね。窒素分、カリ分、リン酸、アミノ酸を豊富に含み、花の付きがよくなり実の成りもよくなり、甘い果実が作れるようになります。

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ともかく、イワシの肥料が田植えに用いられ豊作をもたらしてくれたことから、五穀豊穣を願う縁起物として、イワシの甘露煮が「田作り」という風に呼ばれるようになったのです。

 

これをお正月に食べることで「今年も良い米がたくさん取れますように」と願いを込めるわけですね。

 

 

地方によっては田作りではなく「ごまめ」という風に呼ぶところもありますが、これには由来が諸説あります。

 

まず一つは、「体が丈夫であること」を意味する「まめ」から健康に過ごせることを祈願したものである、という説です。そこに丁寧な言い方にするために「ご」を足してごまめとした、というわけです。

 

豊作、長寿、無病息災というのはいつの時代の日本人も渇望してきた願いでありますからこの説は一理ありますね。

 

あるいは、前述のカタクチイワシが田植えの肥料に用いられていたことが由来になっており、イワシを肥料に使ったらお米が豊作となり、五万俵ものお米が収穫できたことから五万米(ごまめ)という文字から転じて「ごまめ」と呼ばれるようになったという説もあります。

 

田作りを食べる意味とは

祝い肴三種としておせち料理の代表ともいえる田作りですが、どのような縁起物としての意味が込められているのでしょうか。

 

前述の由来からすれば五穀豊穣を祝うということと、健康を祝うという意味があるのは明白ですが、そのほかにも色々と意味が込められております。

 

まず、稚魚をたくさん使った料理であることから「子孫繁栄」の意味があります。まあこれは同じおせち料理の数の子なんかも同じですね。あちらはニシンの卵を使っているわけで、雌のニシン一尾の産卵数は10万~20万にものぼると言われているので数の桁は違いますが・・・

 

 

あとはなんといっても、幼魚とはいえ一匹丸ごと食べるので尾頭つき(おかしらつき)という縁起のよさがあります。

 

頭から尾っぽまですべてそろっているその姿は「最初から最後まで全うする」ということでめでたい縁起物とされておりますね。

 

いずれにしても、こういった縁起物というのは食べる本人の気の持ちようというところが大きいので細かい由来はともかくとして、本人が何を願うかというのが一番大事だと思います。

 

なので、子孫繁栄を願うもよし、五穀豊穣を願うもよし、健康を願うもよし、すべて自由です。あるいは四の五の言わずに「縁起物だから食べるんだ」で済ませてしまっても、新年を気持ちよく過ごせそうならそれでいいのではないでしょうか。