「しゃかりき」という言葉があります。

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「しゃかりきになって働く」というような使われ方をすることが多いことからも、よい意味で一生懸命になってやるというようなイメージがありますね。

 

しかしなぜ「しゃかりき」という言葉になったのでしょうか。日本語というのは、ある一つの言葉が語源になってそこからいくつも派生したという兄弟のような言葉がいくつかあるものですが、この「しゃかりき」に関しては「しゃかりき」以外に言葉がありませんよね。

 

ということで、「しゃかりき」の語源や意味などについて迫ってみたいと思います。

 

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しゃかりきの由来や意味とは

しゃかりきの意味は「夢中になって何かに取り組む」様子を表した言葉です。

 

しゃかりきという言葉に無理やり漢字をあてるなら「釈迦」と「力」で「釈迦力」というのが私たちが思いつく中で最もしっくりくるでしょうか。

 

実際、このお釈迦さまの力という当て字が語源だ、としているところもありますが、定かではありません。

 

その「お釈迦さまの力」説をもう少し紐解いていきましょう。

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お釈迦さま、釈迦というのは仏教においてすごく偉い人というざっくりとした印象な人が多いでしょうが、仏教の開祖であられるのでそれは当然です。

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ただ、もしお釈迦さまが語源となっている言葉だとしても、お釈迦様のイメージとしゃかりきのイメージはあまり合わないような気がしますよね。どちらかというと、しゃかりきとは正反対で静かに佇んでいるお姿のほうが頭に浮かぶでしょう。

 

これはお釈迦さまが人々を救うためにあらん限りの力を尽くしたことから、懸命に取り組んで頑張ることを「しゃかりき」という風になりました。というのも、お釈迦様の教えは最初は誰にも見向きもされませんでした。しかし諦めることなく、来る日も来る日も教えを説いて回り、仏教を広めることに成功しました。

 

ただやはり「しゃかりき」のイメージは一心不乱に取り乱すくらいの勢いでがんばる様が思い浮かびますが、お釈迦さまはそういったことはなく冷静に物事を対処していきました。そういう意味ではモデルとしてあまりふさわしくはないですね。

 

もしかしたらお釈迦様を信仰する人々が「少しでもお釈迦さまのように余裕たっぷりで事を進められるように努力したい」という気持ちから生まれたのかもしれません。またお釈迦様のように頑張る、というだけでなく言葉に「釈迦」を入れることでお釈迦様の力にあやかろうという意味も込めていたのかもしれませんね。

 

そういう意味では、これはあくまでも「他人の評価」として存在する言葉と言えるでしょう。何かに一生懸命取り組んでいる人に対して「お釈迦さまのように頑張っている」という評価は何もおかしくはありません。しかし自分で言うとどうでしょうか。

 

自ら「しゃかりきになって頑張ったよ~」などと言えば、自らのことをお釈迦さまになぞらえるというとんでもない思い上がりになってしまいますね。

 

さて、この「お釈迦様の力」説は定かではないとしましたが、それ以外の語源となる説が存在しないことから事実上、この由来が正しいと言えそうです。