さて、日本人に最も多い名字である「佐藤」の由来については別記事にて紹介しましたが、「佐藤」以外にもよくある名字というのは多いですよね。

 

 

「佐藤」は日本に200万人いるという不動の1位の存在でしたが、今回は「佐藤」に次いで多い名字の「鈴木」さんの由来について調べていきたいと思います。

%e9%88%b4%e6%9c%a8%e5%a5%88%e3%80%85

 

 

これもよくある名前ですよね。「佐藤」が200万人に対して「鈴木」は180万人。これだけ多い苗字だと、20万人の差というのも誤差に過ぎませんね。

 

実際、過去を思い出してみると小学校、中学校、高校、大学と必ずどこかに「鈴木」さんが存在していたことでしょう。

 

私の場合、小学校の時に犬猿の仲だった女子が「鈴木」という名前だったので、当時は「鈴木」という名前にアレルギー反応を起こすくらいでした。「鈴木」と聞くたびにその女子のことが頭に浮かび嫌な気分になるのです。

 

しかし鈴木というのは本当にありふれていて、どこかしこに鈴木さんがいるのでそのたびにあの女子の顔が浮かんでしまいます。しかしそれも次第に慣れて「鈴木アレルギー」はいつしか消えていったものです。

 

これもひとえに鈴木の汎用性があったからこそ、小さい時に偏見を刷り込まれなくて済んだ要因なのかもしれません。鈴木さんの多さに救われたというわけですね。

 

そんなよくある苗字「鈴木」さんの由来というのはどこからきているのでしょうか?

 

スポンサードリンク

鈴木の歴史と由来

鈴木という名字の由来については、和歌山県にある熊野の新宮から始まったとされています。

 

熊野では昔、稲刈りの後に刈り取った稲を積み上げてそれを「穂積(ほづみ)」と呼んでいました。そしてその穂積の上に一本の棒を立てて翌年の豊作を祈願します。するとそこに神が下りてきて、寝ている稲穂に稲魂を植えるというわけなのですが、この棒のことを「すすき」と呼んでいました。

 

あるいは、単に積み上げた稲穂そのもののことを「すすき」と呼んでいた、と紹介しているところもありますが、これは最初はこの棒のことを「すすき」と呼んでいたことから転じてその稲穂自体のことも「すすき」と呼ぶようになったという由来があるようです。

 

とにかく、そんな稲穂から「すすき」という言葉が生まれました。

スポンサードリンク

 

 

そして、後に稲穂を積んだものを「穂積」とも呼ぶようになり、ここから「穂積氏」も誕生しました。穂積氏は、日本史などでよく出てくる物部氏族の正統とされています。

 

穂積氏は、時代が変わって積み上げた稲穂のほうの穂積のことが「すすき」と呼ばれるのが主流になるとそれに乗じる形で「鈴木」という名字を名乗るようになりました。

 

「佐藤」の由来の記事のほうでも少し触れましたが、「苗字/名字」「氏」「姓」というものはすべて異なる成り立ちがあり、その中でも「苗字」というものは一番カジュアルで、自分で好きに名乗ってもいいというものでした。

 

なので、世の中の主流に乗っかって勝手に「鈴木」を名乗っても全く問題なかったのです。それはおそらく、一族の繁栄のために考えられたことなのかもしれませんね。

 

なぜ「鈴木」という漢字が使われるようになったのかというと、どうやらそれほど深い意味はなく、単に「すすき」という言葉への当て字だったようです。

 

それならば音をそのまま「すすき」でも良さそうなものですけどね。実際、「鈴木」と書いて「すすき」と読む名字の人は現在でも存在します。

 

「鈴木」という苗字を漢字だけでそのまま捉えるならば、風に揺られて凛と響く鈴の音とそびえたつ木の組み合わせ、あるいは儚い鈴虫の鳴き声と木と、どこか秋の俳句のような情景が思い浮かびますが、そういった綺麗なものを連想させるような漢字を選んだということでしょうか。

 

そうすると、世の中の主流に合わせた大衆迎合的な発想で生まれ、さらにはその漢字もなるべく綺麗なものになるような当て字だったということで、あまり深いポリシーもなく生まれた苗字ということが言えそうです。

 

 

さて、ここまで鈴木という名字が日本中に広まった理由としては、穂積氏が熊野神社の宮司を歴任する名家であったことが考えられます。

 

熊野神社は、熊野信仰という山岳宗教を普及させるため、各地に山伏を送って意欲的な布教活動に努めました。そして鈴木一族も布教先の各地に住み着いて布教活動を行いました。

 

各地で熊野神社の分社が祭られるようになると、直接鈴木一族とは血縁関係にない武士もその祭った縁により鈴木姓を名乗ったり、さらにはその支配下の農民にも鈴木姓を与えるなど、とにかく見境なく鈴木姓を与えまくったと言っても過言ではないでしょう。

 

何しろ、熊野神社の分社は全国に3000を超えていたといいますので、ものすごい勢いで鈴木さんが増えていったのです。

 

まあ、この辺りも自分で好きに名乗れる「苗字」というものの性質からきているのでしょうね。

 

現在いる鈴木さんというのは、過去に「熊野信仰」の信者であった人たちの末裔ということになります。こう聞くと、「宗教」という言葉に抵抗のある現代人は鈴木さんを奇異の目で見るかもしれませんが、むしろ宗教というものは現在よりも自然に溶け込んでいたものですからね。