「能書きを垂れる」という言葉があります。

 

イメージとしては、どうでもいいようなことを長々と得意顔で説明するというような感じでしょうか。

能書き

 

 

しかし、この「能書き」という言葉の意味や由来を調べていくとそれだけではどうも説明として不十分なようです。では「能書き」とはいったいどんな由来や意味があるのでしょうか?それについてお伝えしていきたいと思います。

 

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能書きの意味とは

「能書き」という言葉は、表題でも若干説明はしているのですが元々は薬の効能を意味する「効能書き」が由来になっており、そこから「効」という字が抜けて「能書き」という風に変わったものです。

 

薬というと、本当に効くかどうかわからず、また実際に飲んで本当に効いたのかどうかもいまいちわからないことが多いですが、それにかこつけてあれにも効く、これにも効くといった感じでいろいろ書いてますよね。「便秘、肩こり、肌荒れ、口内炎、食べ過ぎ、機能不全に!」とまあ、今並べたものは適当ですがともかく、一つ飲むだけで色々直してくれるように見えるのが効能書きです。

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薬や健康食品といったものの効果は一朝一夕では現れません。いずれも長期的に続けることでようやく効果を発揮するものですから、例え薬がすぐ効かなくとも「すぐには効かないよ、もっと長い期間続けないと」なんて煙に巻いていたのかもしれませんね。

 

また、例え薬に効果がなくとも「効果がある」と思い込んで飲むと本当に効果が出てくるという「偽薬効果」という心理効果もあります。そんなこともあって「効能書き」は適当に書いててもなんとなく誤魔化されてきたのでしょうかね。

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現代における効能書きはまだマシなのでしょうが、特に規制のなかった江戸時代などはとにかく「あれも効く、これも効く」と効能を並べまくっていました。どちらかというと、今は使用上の注意のほうに重きを置いているようですね。ほとんどの人は読まないと思いますが。

 

ともかく、例え医師から処方された薬であっても実際にはその「効能書き」ほどの効果が得られないことを揶揄して効能書きのように効果があると吹聴すること、口ばかり達者で実がないこと、行動が伴わないこと、くどいくらいに長所を売り込むこと、自らの優れた点を誇大に並べ立てることを「能書きを垂れる」という風に言うようになったのです。

 

私自身も調べるまではそうだったのですが、おそらく「長々と説明する」くらいのざっくりとした意味で把握していた人が多いんじゃないでしょうか。

 

単に長々とくどい説明をするならば「能書きを垂れる」ではなく「講釈を垂れる」とか、単純に「つべこべ言う」という表現のほうが適当でしょうね。

 

さて、能書きを「垂れる」という言葉は「言う」や「排泄する」といった言葉に侮蔑の意味を込めたもので、単に「言う」や「並べる」よりも一層いやらしさが増しています。

 

「垂れる」という言葉は上から下へと力なく、自然と流れるようなイメージの言葉です。「垂れる」が使われるほかの言葉には「文句を垂れる」、「小便を垂れる」などの表現がありますが、いずれも嫌なイメージがありますよね。そして、これらに共通しているのは「他人にとって見たくない、聞きたくないものを勝手に流される」というようなニュアンスが含まれることです。

 

聞きたくもない、自分の長所の自慢を並べ立てる様には「垂れる」という言葉がぴったりですね。こうして「能書きを垂れる」という表現が生まれたのです。

 

本当の意味を知っていくと非常に侮辱的な言葉ですので、単に「長々と話をしている」だけでその人のことを「あの人また能書きばっかり垂れてる」と表現してしまうのは少し酷ですね。また、人からそう言われてしまわぬようにしたいものです。