”的を射る”と”的を得る”の意味について。本当に誤用なのか?

「的を射た意見」「彼の発言は的を射ている」

といった具合に使われる「的を射る」という表現ですが、おそらく多くの人が「的を得る」という表現で聞き覚えがあったり、自らも使っていたりするのではないでしょうか。

的を射る

この「的を射る」「的を得る」という言葉の正誤に関しては、クイズ番組で取り上げられる機会が多く、今や「『的を得る』は誤用であって、正しいのは『的を射る』である。なぜなら『的』は射るものだから」という見解を多くの人が持っているでしょう。

確かに言われてみれば的は射るものなのだから「的を得る」は間違い、というのは筋が通っております。しかし日本語における慣用表現というのは必ずしもその文脈から読み取れる情報だけでなく、言葉には含まれない時世や世情などが含まれていることも多いです。

こちらでは、改めて「的を射る」「的を得る」の意味や由来などについてお伝えしていきたいと思います。

的を射るの意味

まず最初に申し上げておきたいのは、「的を得る」という表現の正誤に関係なく「的を射る」という表現はなんら間違っていないということです。

「的を射る」の意味としては、物事の要点・核心をズバリ要点を抑えているということですが、この様子を表すために「矢で的のど真ん中を射る」ことで例えるのは適切な表現ですよね。

その上で「的を得る」が正しいのか間違っているのか、ということですが・・・

的を得るは間違いなのか

そもそもこの「的を得る」が間違いだとされたのは、三省堂国語辞典の監修をしている人物が1982年に言い出したのがきっかけです。それも、理由として冒頭でも申し上げたような「的は射るものだから」というのを挙げています。

そしてこのような誤用をするに至った経緯については、囲碁の専門用語に「正鵠を得た」という表現があり、こちらと混同したのが原因と推測しています。

しかし2013年に出版された三省堂国語辞典第七版において、それまで「的を得る」が誤用だと書いていた項目を削除しこちらも正しい表現であるとして掲載しており、三省堂国語辞典の編集委員である飯間浩明氏は「的を得るが誤用というのは誤りであり、撤回する」という風に表明しています。

そもそも前述の「正鵠を得た」という表現についても、元々は「正鵠を得る」が先に生じてその後で「正鵠を射る」という表現が出てきたという由来があります。「正鵠」というのは正に的のこと。どちらも間違いではないんですね。

「得る」というのはうまく捉える、という意味で使うことができます。当を得る、要領を得る、時宜を得る、という表現はいずれもこういった意味で使われており「的を得る」というのも、その物事の核心を捉えるという意味で表現として何も間違ってはいないのです。

言葉は時代と共に変わり、最初は誤用であってもそれが広まっていくとそちらも正しいとする、という追認が行われることはしばしばありますが、この「的を得る」に関してはそもそもが間違いではなかったのだ、といわば逆転無罪を勝ち取った稀有な存在ということになります。

こういったケースには、「全然大丈夫です」といった、全然の後に肯定文を続ける表現や「ご注文お伺いしてもよろしかったでしょうか?」という過去形での丁寧な伺い表現などがあります。これらも一度誤用とされ、そのような認識を持っている人が多いですが過去にその表現での使用例があり間違いではありません。

そもそものきっかけが辞書という「権威」において誤用だ、と説明されたことです。私たちは「辞書が間違えるはずがない」と思っていますから仕方のないことでしょう。辞書が信用できないからといって全部自力で正しいかどうかを調べていたら膨大な労力を要します。

要するに何が大事なのかというと、その言葉が正しいか間違っているか、ということを突き詰めるのはあまり生産的でないということなのです。その正しいという認識ですら、こんな風に後になって「ごめん、やっぱ間違ってたわ」となるのですからね。

クイズ番組において間違いを指摘することはバラエティ番組のお約束といいますか番組が盛り上がるので意味はあるでしょうが、私たちの生活において間違いを指摘してもあまりメリットがありません。知識をひけらかして優位に立ちたい人が自尊心を満たせるだけでしょう。

それにしても、これだけ「的を得るは誤用だ」というのが広まると「的を得る」というのは使いづらくなりますね。もし仮に使っているところに「的を得るってのは間違いで射るが正しいんだよ」と指摘されたとして、それに対する反論は「必ずしも間違いではないんですよ」と、どこか弱気な物言いになってしまいますしね。

そこからすれば「的を得る」を使って混乱を招くよりは最初から「的を射る」を使ったほうが無難でしょうね。文化庁の長官かなんかが記者会見を開いて大々的に「的を得るも正しい!」とか何とか言ってくれれば一般にももっと広まっていくのでしょうが。

コメント

  1. スライム国 より:

    国語学ではなく言語学、規範主義ではなく記述主義の三国ごときが誤りではない根拠になどなり得ません。

    スライム国のおへや「三省堂国語辞典第7版で誤り撤回で決着」論への反論
    http://surakokuheya.blog.fc2.com/blog-entry-3.html
    スライム国のおへや的を得る正当論を滅ぼすためのテンプレ
    http://surakokuheya.blog.fc2.com/blog-entry-2.html

  2. 正鵠 より:

    >「正鵠」というのは正に的のこと。

    「正鵠=的」ではないようです。つまり「『正鵠』というのは正に的のこと」ではないそうです。

    https://dictionary.goo.ne.jp/jn/121485/meaning/m0u/
    1 弓の的の中心にある黒点。2 物事の急所・要点。

    http://gogen-allguide.com/se/seikokuwoiru.html
    「正」「鵠」とも弓の的の中心にある黒点の意味があり、
    正鵠=的の中心→物事の要点・核心

    http://biff1902.way-nifty.com/biff/2011/04/post-0e40.html
    「正鵠」の意味は、単なる「的の中心」ではないという話

    http://biff1902.way-nifty.com/biff/2014/05/post-8ee7.html
    【逆転】「的を得る」:「誤用説は俗説」と事実上決着へ

    http://biff1902.way-nifty.com/biff/2014/11/post-631a.html
    補足:「的を得る」誤用説 と「的を得る」の元は「正鵠を得る」説 の比較検討

    http://biff1902.way-nifty.com/biff/2011/12/—-1fc9.html
    見落とされた事実 — 「正鵠を得る」が「的を得る」に転じた証拠

    http://biff1902.way-nifty.com/biff/2010/04/post-63d8.html
    【まとめ】「的を得る」と「的を射る」の誕生と成長の歴史

  3. yonedajp より:

    『 正鵠(せいこく)を得る 』  《国語大辞典》 より

    → ・ 的をついている

    → ・ 核心をついている

    『言い得て』  《日本語表現辞典》 より

    → ・ 巧く言い当てて、

    → ・ 的確に表現していて、

    → ・ 物事を上手に捉えて

    『言い得て妙』

    → ・ 巧く言い当てていて大変すばらしい

    『的を得た』

    → ・ 要点を言い当てた

    → ・ 核心を捉えた

    → ・ 的を突いた

     

    「三省堂国語辞典」編者 飯間浩明氏

    『三省堂国語辞典』第7版では、従来「誤用」とされていることばを再検証した。
    「◆的を得る」は「的を射る」の誤り、と従来書いていたけれど、撤回し、おわび申し上げます。
    「当を得る・要領を得る・時宜を得る」と同様、「得る」は「うまく捉える」の意だと結論しました。
    詳細は「得る」の項を。

    ( https://twitter.com/IIMA_Hiroaki/status/412139873101807616 )

    「的を得る」の用例(1940年代・それ以前)
    「的を得る」「的を射る」よりも150年以上古い用例

    実際の使用例も古くから「得る」が圧倒
    ( http://kumiyama-memo.hatenablog.com/entry/2013/10/14/223832 )