「金輪際」と言う言葉がありますよね。

 

 

「金輪際あの人とは関わらない」「金輪際あの会合には行かない」というように、その後に続く言葉を強く否定する意味で使われることが多いですね。英語で言うと「never」といった感じでしょうか。

 

中にはこれを良い意味で使う人もいるようですね。まあ、日本語の中には「全然大丈夫!」と言った具合に本来否定の意味で使っていたはずがいつの間にかいい意味でも使うというような変遷は起こるので、仮にこれが間違っていたとしても大多数がそのように使うのであればそのような意味で使われていくこととは思いますが・・・

 

 

これは、「金輪際」という漢字の何とも言えない力強さがあってこそのものですよね。特に「金」と言う言葉の持つ魔力というのは言わずもがなです。

 

 

そこで、この「金輪際」の本来の意味や語源などが気になってきたのでそれを調べてお伝えしていきたいと思います。

 

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金輪際の意味・語源とは

金輪際という言葉を分解してみると「金輪」と「際」という風に分けることが出来ます。

 

金輪というのは何なのかというとこれは仏教用語から来ております。

 

仏教における宇宙観では、大地は虚空の中における「三輪」によって支えられているという風に考えられており、その一つが金輪で、残りの二つは水輪、風輪という風になっています。

 

構造としては風輪を一番下層部に、その上に水輪、さらにその上に金輪が重なった三段構えのものになっており、金輪は一番上の構造で大地を支え、水輪はその下の水の層を支え、一番下の風輪はガス状の層を支えています。

 

「際」というのは果てを意味しており、金輪が水輪と交わるところ。つまり「金輪際」というのは「大地の底の底」という具合に、物事の極限を意味しています。

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ここで一つ疑問に思うのは、極限を意味するならば金輪よりももっと下の層の「風輪」を使って風輪際、と言う風に表現した方が良いのではないかというところですが、人間が住めるのが大地なので、そこが人間が到達できる限界ギリギリ、ということで「金輪際」という風になったのです。

 

このことから、「金輪際」の本来の意味と言うのは「底の底まで」「とことん」「徹底的に」という風になり、特に否定の形を伴わずとも使える表現になります。

 

実際、江戸時代の滑稽本「東海道中膝栗毛」においては「聞きかけたことは金輪際聞いてしまはねば・・・」と言った具合に、否定形ではない表現として使用されております。

 

それがいつしか「決して~ない」とか「断じて~ない」といった具合に強い否定形を表す言葉として使われるようになりました。

 

これに関して、Yahoo!知恵袋において「金輪際この集まりを続けようと思います」という表現の正誤についての質問がされており、それに対する回答者の答えは「本来は否定を伴わなければならないので誤りだ」と言う風に断じています。

 

該当の質問のページはこちら

 

しかし、本来の「金輪際」の意味からすれば「この集まりを今後もとことん続けていこう」という表現になり、どこも間違ってはおりません。そしてこの断定は質問者によってベストアンサーに選ばれておりますね。もちろん、質問者が勝手に選ぶのがベストアンサーなのですが、あたかもこれが正しいかのように見えてしまうのはちょっと問題ですよね。

 

 

言葉というのは勘違いから誤用が広まり、それが正しいとされるという経緯をたどるものはいくつも存在します。しかしこれに関しては、元々そのような意味で使われていたのが時代と共に廃れ、いつしかそちらが「間違い」と断定されてしまった悲しい歴史があるという風に言えます。

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