「足元を見やがって!」

 

 

弱みにつけこむということの表現として「足元を見る」もしくは「足元を見られる」という言葉がありますね。

足元を見る

 

 

すっかり定着している表現ですが、これはいったい何が由来となっているのでしょうか?

 

 

「おしゃれは足元から」なんて言葉もありますよね。これは、あまり人には見られない足元の靴にすら良いものを買えたり、お手入れをする余裕がある人ならば逆説的に全体的な服装も綺麗になっているということを示した言葉です。

 

 

そういう意味では、足元を見ることがあまりよく知らない人を知るうえでの一つの指標になると言えなくもないですが、果たして「足元を見る」という表現はこれと関係があるのでしょうか?気になったので調べてお伝えしたいと思います。

 

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足元を見るの由来や意味

「足元を見る」のそもそもの由来は、昔に駕籠かきや馬方などが旅人との足元を見て疲れ具合を判断し、その疲れ具合に応じて高い駕籠代を請求したことから来ています。

駕籠かき

 

 

飛行機や電車などのない時代というのは駕籠というのが重要な交通手段でした。そのため、例えその駕籠代が法外な値段であっても、疲れている旅人はその金額で了承してしまったのだそうです。

 

おそらく遠方から来ているとその地の駕籠代の相場がよくわからず高い料金を吹っ掛けられた、なんてこともあったのではないでしょうか。

 

そんなところから、人の弱みに付け込むという意味で「足元が見る」が使われるようになったのです。

 

現在は道路が舗装されて歩きやすい道が多いですが、昔はもっと歩きにくい道のほうが多かったことでしょう。ましてや足元に履いているのは靴などなく草履ですから、遠方からずっと歩いてきた人というのは単純に外傷なども多く、「疲れている」かどうかを判断するのに適当だったのでしょうね。

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よく知らない人の人となりを想像するために足元を見る、というのは今も昔も変わらないのかもしれません。

 

 

現代における「足元を見る」

現代においても足元を見て客の状態を判断し、言い方は悪いですがお金を吹っ掛けようとするということはあります。

 

例えばホテルマンなんかは、客の足元を見て客質を判断するといわれています。

 

これは駕籠かきのように遠方からきて疲れている旅人を見つけるのとは逆に、冒頭で申し上げたようにいい靴を履いているかで客の懐具合を探るというものです。

 

まあ日本の一般的なホテルではそうないことかもしれませんが、帝国ホテルやオークラなどの高級ホテル、あるいは海外のホテルでは結構あることのようです。

 

ホテルマンからすれば客のチップも重要な収入源なのですから、客がチップをたくさんくれるかどうかを判断するのは当然のことですね。

 

あるいは、ホステス、銀行マンなども同様です。つまるところ「この人はお金を生み出してくれるか?」ということを足元を見て判断しているのです。本来の意味とは少し違いますが、自らも成功者になって「足元を見られる」ような立場になりたいものですね。

 

「仕事ができる人は靴を大切にしている」「成功している人は靴を大事にする」といった話をよく聞きますよね。これを真に受けて「よし、自分もいい靴を買おう」「これから毎日靴を磨こう」と決意するのは愚かなことです。

 

成功している人、仕事ができる人というのは足元だけでなくおそらく生活全般がしっかりしていることでしょう。それは生来持っているものなのか、努力して得たものなのかわかりませんが、そういった内面が「足元の靴」として表れているに過ぎない、ということです。

 

形から入ることで憧れの人に近づこうとするというアプローチもありますが、「足元だけ」真似をするというのは少し短絡的なように思えます。

 

スーツやカバンなどの主要な部分は目に見える部分なのでお金をかけるのは当然のことで、それでも有り余る財と余裕があるからこそ足元にも注意が行くということです。足元だけ気を付けて、もっと重要なところをおろそかにしては意味がないことです。

 

結局この「成功者は足元に気を付ける」というのは、「成功者が言っているから正しい」とされている部分もあると思います。

 

これが例えば常時Tシャツ短パンサンダルという恰好をした富豪が「成功する秘訣は、高いものを身に着けないことだ」なんて言った日には何もつけないことが成功の秘訣という風にされていくでしょうからね。


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