現代では「天晴れ(あっぱれ)」という言葉を使う人は大沢親分以来久しく表れていないような気もしますが、時代劇などでは殿様が使っているところをたまに聞いたりしますね。

 

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「お見事!」と同じような意味で捉えている方が多数だと思いますが、この言葉の語源というのは一体何なのでしょうか?晴天というのはいつの時代も物事の吉兆を表す象徴として存在しているところではありますが・・・

 

 

気になったので天晴れ(あっぱれ)の意味・由来・語源について調べてみることにしました。

 

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天晴れ(あっぱれ)の意味・由来・語源とは

天晴れ(あっぱれ)という言葉は、元々は「あはれ」という喜びも悲しみも含めて感動する際に使う言葉でした。これは、感動したときに自然と出る「ああ」と同じ意味の「あは」に接尾語の「れ」がくっついたもので、その本質は、ものの移りゆく様やそのもの悲しさに心が揺れ動く様子を移す言葉で朝廷貴族が使う言葉でした。

 

とはいえ、哀れ(あわれ)というのは現代でも使いますね。これが中世以降、称賛を込めて言うものが「天晴れ(あっぱれ)」、悲哀を表して言うものが「哀れ」という風に、のれん分けして使い分けられるようになったのです。

 

 

そういえば、平安時代の文学に関して学校で習ったときに「もののあはれ」という言葉を聞いたことがなかったでしょうか?これは正に、自然や人事に触れて発する感動や情感を書き表すことを本旨とした平安時代の文芸の理念です。平安時代の文学として代表的な紫式部の「源氏物語」は正に、「もののあはれ」を基本理念として書かれています。

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現代語の「哀れ」しか知らないと、単純に悲しい物語でも書いていたのかな?と思ってしまいますが喜びも悲しみもひとくくりにした「感動」ということを知ると納得ですね。

 

 

ではなぜ、「あはれ」から「天晴れ(あっぱれ)」と「哀れ」に別れていったのでしょうか?

 

少々話がずれるかもしれませんが、歴史的な背景をたどるとかつて政治の中枢にいたのは貴族で、それに取って代わったのが藤原氏などに代表されるような武士達でした。

 

朝廷貴族たちの使う言葉とは違い、元々が地方出身の侍だった武士の言葉というのはその地方独特の訛りを持っていました。

 

上洛した武士たちは貴族たちが使うその洗練された雅な言葉に憧れ、それぞれ勉強してその言葉遣いを勉強して身につけていったのです。この辺りは、上京した田舎出身の人が訛りを消そうと標準語を身につけるのと同じですね。

 

なんと、その武士たちに貴族の言葉を教える家庭教師なんかもいたようです。そのようにして武士たちは貴族の言葉を身に着けていったのです。そしてその身につけた貴族言葉を武士っぽくアレンジして使ったのが「あっぱれ」だったのです。

 

「あっぱれ!」という言葉の例なら、敵将の首を討ちとった武士に対しての称賛として「あっぱれ!」という風に言っているのを聞いたことがあると思いますが、これに対して「あはれである」では何となく、力強さが足りないですよね。語感を強めるために「あっぱれ!」に変化していったのです。

 

元々は「天晴れ(あっぱれ)」自体も、語源となった「あはれ」と同じく悲哀の意味も込められていたようです。「敵ながら天晴れ」という表現をしますが、単にその武勇を称えるだけでなく死んでしまったことを悲しむ、そんな意味も込められていたようです。そしてそれも時代と共に完全に二つに分かれていったのですね。

 

 

そして、「天晴」という漢字は単純に当て字です。「天下晴れて~」という表現もあるように、良い意味を表すのにぴったりな漢字だったのでしょう。

 

その武士すらもいなくなった現代では「あっぱれ!」もめっきり見なくなりましたね。

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