「飴と鞭」という言葉がありますが、これは一体何が由来になって言われているのでしょうか?

飴と鞭

 

褒美を与える一方で罰をも与えるという時に、褒美の例えとして「飴」、罰の例えとして「鞭」が並べられているのはわかりますが、飴はともかくとして鞭は日本人にとってはあまり馴染みの深いものではないですね。

 

 

何が由来になって「飴と鞭」と言われるようになったのか、また本来の意味はどのようなものだったのか、ということをお伝えしていきたいと思います。

 

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飴と鞭の由来・語源・意味とは

「飴と鞭」という言葉は、元々はドイツで生まれた言葉でドイツ語で言うと「Zuckerbrot und Peitsche」、直訳すれば「甘いパンと鞭」という風になります。これが日本に入ってきたときに「飴と鞭」へと代わっていったものと思われます。

 

 

ドイツの何が「飴と鞭」なのかというと、ドイツ帝国時代にビスマルク宰相が行った政策が由来になっています。

ビスマルク

 

 

ビスマルク宰相は「医療保険法」「災害保険法」「養老保険法」を制定し、社会保障制度の充実を図りました。これは当時の最先端を行く優れた制度であった一方で、社会主義者を弾圧する「社会主義者鎮圧法」を制定しました。前者が飴で後者が鞭というわけですね。

 

 

現代では「飴と鞭」というのは人心掌握のための老獪な手法というような意味で言われておりますが、そもそもの発端であるビスマルクの手法というのは必ずしもそうではありません。まず先に「社会主義者を鎮圧したい」という思惑があり、社会保障制度の充実というのも労働者を社会主義者から隔離するための政策なのです。

 

なので、本来の意味としてはそういった二面性やダブルスタンダードを批判するような意味が込められていると言えるのではないでしょうか。何よりも、ビスマルクが退陣すると共に社会主義者鎮圧法は廃止され、ビスマルクが思い描いていた社会主義者の弾圧というのは失敗に終わっています。

 

飴と鞭に効果はあるのか

ビスマルクの飴と鞭は結局失敗に終わったのですが、実際に効果はあるのでしょうか?

 

飴と鞭に関して、マウスを使った興味深い実験があります。

 

それは、T字路を必ず右へと進むようにマウスを教育するために、右側にクッキーを置いて左側に電気ショックを用意するというものです。

 

この実験は、左側の電気ショックというムチ、右側のクッキーという飴につられて何回か施行をするとその思惑通りにマウスは右側へと進むようになります。

 

しかし電気ショックを強めにした場合、その衝撃によりマウスはその場を動かなくなってしまい、右にも左にも進もうとしなくなりました。つまり、電気ショックという鞭を恐れるがあまりリスクを冒してまで飴を取りに行く意欲がなくなってしまったのです。

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電気ショックというのは強さの指標としてその電圧という数値があるからある程度わかりやすいとはいうものの、どこまでがマウスの意欲を削がない範囲の強さなのかというのは非常に難しいところでしょう。

 

これがましてや、人間に対しての適度な強さの「鞭」がどれほどなのかというのを見極めるのは非常に困難です。おそらくはマウスでさえ電気ショックの強さに対する耐久性は個体差があるでしょうし、価値観も千差万別の人間に対して「適度な鞭」を見極めるのは不可能ではないでしょうか。

 

だからといって、この実験を電気ショックを与えずにクッキーだけを与え続けた場合、今度はマウスがクッキーという報酬自体に飽きてしまい、これまたクッキーを取りに行かなくなってしまうのです。

 

鞭が強すぎてもダメ、飴を与えすぎてもダメ、非常に難しいところですね。じゃあどこが行動意欲を与えることができる丁度良いラインになるのでしょうか?

 

これに関しては、もう「鞭」そのものが要らないのではないかと思います。学校の教師の体罰だとか、上司によるパワハラ・モラハラだとか、昨今では世間で「鞭」に対して風当たりが強いという世情がありますが、だからといってそれは関係ありません。世情に関係なく最初から「鞭」そのものが必要ない、というのが個人的所感です。

 

もう一つ、マウスを使った興味深い実験があります。それは、マウスを箱の中に入れそこにあるレバーを押すと餌が出るような仕組みにするというものです。

 

そして、その箱の中のマウスを

①レバーを押すと必ず餌がもらえるグループ
②レバーを押すとたまに餌がもらえるグループ

の2グループに分けたのです。そしてレバーを押すと餌がもらえるという風に学習したところで今度は一切餌が出なくなるようにしたところ、①のグループは餌が出なくなったことで早々に諦めたのですが、②のグループは餌が出ることを信じてレバーを押し続けたのです。

 

オペラント

 

「オペラントの条件付け」「スキナーの箱実験」と呼ばれるこの実験は、「元々出ないことがあったものが出なくなっても『今度こそは』と期待する」という心理が働いていることを示しており、これは正に勝った時の喜びが大きくて「次こそは勝つ!」と泥沼にはまるギャンブル依存症の心理そのものです。

 

ギャンブル依存症は恐ろしいですが、ここから学ぶこともできます。つまり飴と鞭の「鞭」など必要がなく、飴を与える頻度を調整するだけで強い行動意欲を掻き立てることができるということなのです。

 

おそらく皆さんも経験があると思います。滅多に人を褒めないような人物に褒められた時と、営業マンのように胡散臭い笑顔を振りまきながら常に調子の良いことを言っている人物に褒められた時、どちらがより嬉しいと感じるでしょうか?通常は前者のほうが嬉しいと感じるでしょう。

 

まあもちろん、間違っていることを指摘するということは必要ですが、不必要に煽ったりする必要などなく「たまに飴」が最も人の行動意欲を掻き立てることができるでしょう。